もう一度あの川であの鳥を

 

 

 「グググググッ!」魚が掛かった時の、糸と竿を通して伝わる手応えに興奮を覚えない男は少ないだろう。幼少の頃、親父に連れられて釣りを覚えた私は、小学校も3、4年生ぐらいになると、時には一人ででも釣りに出かけるほど夢中になっていた。もっとも、子供が自転車で行ける範囲の釣り場で、知識も道具も乏しかったのだから、大した釣果は得られなかったはずだが、懲りもせず飽きもせず川や池に通う釣り好きの少年は、やがて山登りも好きな青年へと成長し、山に入ることがきっかけとなって、釣りの対象魚がアマゴやイワナといった渓流魚へと替わっていった。今から30年ほど前の頃だ。

 ようやく東の空が薄明るくなってきたのを見計らい、懐中電灯で足元を照らしながら渓流への坂道を下る。渓流に下りると、ゴロゴロとした岩の上を足を滑らさないよう慎重に進む。悠に背丈以上ある大岩をいくつかやり過ごし、行く手を阻む淵を高巻いて超える頃には、空もすっかり明るくなって、西の稜線付近が朝日に照らされている。「このへんから始めるか」ザックを降ろし、釣り支度を整えると、ポイントポイントで竿を振りながら更に上流へと進む。警戒心の強いヒレピンのネイティブが相手なだけに、ポイントに近付くのにも注意を払い、出来るだけ気配を消すようにしていた。姿勢を低くし、そーっと淵に近付くと、突然、「キャキャッキャキャッ」とでもいうような声と共に、小鳥とは呼べない程の大きさの鳥が飛び出した。予想もしない所から生き物が飛び出し、心臓が止まる思いをする。何せ、神経は水の中に集中しているのだ。迷惑な事この上ないのだが、渓流釣りをしていると時々ある事だった。最初はハトか?と思ったりしたが、ハトといえば「ポッポー」と鳴くハトぐらいしか知らない。何せ、鳥といえばスズメ、ツバメ、ハト、カラス、トンビぐらいで、あとは全て「???」だったのだ。当時、鳥に何の興味も無かった私には、名前も知らない「驚かされる鳥」という程度の認識しか無く、それ以上詳しく知ろうともしなかったが、白とも黒とも言えない、他では見たことのない様な姿は印象に残っていた。思い返せば、野鳥という生き物のはっきりとした記憶は、この頃に渓流で驚かされたこの鳥のものが最古かもしれない。その鳥が「ヤマセミ」という名の鳥で、数も少なく、そう簡単にお目にかかれない鳥だと知るのは、随分と後になってからである。有り余る体力で、山に渓に駆け回っていたアクティブな青年は、やがて「あーしんど」を連発し、腰痛に付き纏われる、紛れもない中年へと変化していった。

人工物でありながら、えも言われぬ曲線美を醸し出す仏像や寺社に魅せられ、それらを訪ねたり写真に収めたりすることを楽しみの一つとしていた私は、ある時、何気なく読んでいた写真誌の中の1枚に目を奪われた。そこには、これまでに見たことのない鮮明さで野鳥が写されていたのだ。紆余曲折。被写体の一つに野鳥が加わると、当然のことながら被写体そのものに興味を持つようになった。写真を撮る撮らないに係わらず野鳥を観察するようになって、少しは鳥のことがわかるようになってきた頃、沸々と若かりし頃の記憶が蘇ってきた。「あの鳥は今どうなっているだろう?」勿論、20数年も生きているはずはないが、繁殖が続いていれば子孫が居るかもしれない。子孫でなくても、他からやってきているかも知れない。そう思ったら矢も盾もたまらず、2007年初夏、10数年振りに、あの渓流へ入ってみた。微かな記憶を辿り、「確かこの辺りだったような・・・」早朝の2時間ほどを移動しながら渓流で過ごすが、ヤマセミには出会えず終いだった。その後も2回訪ねてみたが、今日までのところ再会は叶っていない。

 野鳥の会などの縁で、「ヤマセミなら〇〇川に居るで」「〇〇ダムに居るで」と教えてくださっても、やっぱり、若い頃に通っていたあの渓流で再会したいという思いが強いのだ。どこで見たってヤマセミはヤマセミのはずでも、これがノスタルジーってやつだろうか? どうやら、中年を卒業するのも、そう遠い先の事ではないようだ。何度も大水が出たのだろう、随分と様子は変わってはいたが、当時と変わりない自然があった。そのうちきっと、あの頃のように私を驚かせてくれる日が来るだろうと期待している。さて、その時私は何に変化していて再会を果たすのだろう。

 

感写感激